読書の記録と雑談
となり町戦争/三崎亜記
2008年03月12日 (水) | 編集 |
408746105Xとなり町戦争 (集英社文庫)
三崎 亜記
集英社 2006-12

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ある日、となり町との戦争が始まった。
けれど銃声が聞こえるわけでもなく、普段と変わらない平和な日常が流れている。
それでも、町の広報誌に載る戦死者の数は確実に増えていった。
そんな戦争に現実感を抱けずにいた修路の元に、町役場から任命書が届く。


++++++++++

小説には最後に解説文が付くものが多いですが、小難しい言葉ばかりをこれでもかってくらい並べられているのが個人的には少し苦手でした。
一応読みますけどね。
これどこの小説は解説文が欲しいと初めて思いました(^^;)

何だか凄く大事なメッセージを送られているような気はするんです。
けれどそれが何なのか、とうとうはっきり見つけられないまま読み終わってしまいました。

ある日、本当に当たり前のようにとなり町との戦争が告知されました。
けれど町は普段と何ら変わった様子はありません。
平和な日常が続いています。
それなのに広報に載せられる戦死者の数は日々確実に増えていきます。
姿の見えない戦争の正体が何なのか、ずっと気になりながら読んでいました。

間もなく、北原修路の元に町役場から任命書が届きます。
戦時特別偵察業務従事者、という役目です。
戦争の姿が全く見えないままこの役目を引き受ける修路。
けれど周囲の人間は当然のように戦争を進めていました。
これは私達が「戦争」というと思い浮かべるようなものとは違い、町の事業の一環として動いています。
それこそ、道路を作ったり、土地を開拓したりという公共事業と同じような感じです。
戦争による殺人の風景など全く描かれていないのに、「死」というものを確実に感じるようになってくるのが不思議でもあり、今思うと怖くもありました。

この小説で描かれている「戦争」って何だったんだろう、と考えてしまいます。
仕事だから、決まりだから、必要だから、で済ませてしまっていいのかな?
殺人は悪だと言っていても、自分が間接的に殺人に手を貸していないと言いきれるのか?
自覚があるかないかの違いだけで、誰もがどこかで罪を犯している。
そう言われればその可能性がないとは言えません。
でも・・・その意識にとらわれてしまうのは怖いことではないかな。

何だか支離滅裂な文章ですが、何かを探しながら読んだ小説でした。
結論がはっきりしないからこんな感想になってます。
時間をおいて再読してみれば、今見えなかったものが見えるのでしょうか・・・。
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2008/03/12 00:00 | その他(ま行) | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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